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Le Journal de NICHE

ヨガと表情筋トレーニングインストラクターのブログです。

気づきの瞑想会@新大阪 ~タイ仏教寺院の日本人副住職プラユキ師の瞑想会~

かねてから行ってみたかったプラユキ師の瞑想会に初めて参加。

 

この日は、呼吸瞑想・食事瞑想・手動瞑想・歩行瞑想そしてプラユキ師との交流会と盛りだくさん!

 

午前中は、呼吸と呼吸した時の身体の動きを観察する呼吸瞑想、アーナーパーナサティいわば準備運動だ。

 

お昼前にお弁当を食べながらの食事瞑想。食事をするときの動作、料理の味や匂いや見た目、快・不快などの自分の感情にまでつぶさに観察していく。

 

午後は、瞑想をしながら右手、左手と順に決まった動きをしていく手動瞑想。手の動きを意識で追っていくことで、意識化、気付きを促す。自分の手という非常にリアルなものをしっかりと感じていくことで、過ぎ去ったことを思い悩んだり、まだ起きてもいないことを思い煩う気持ちを手放していく。集中すべきは「今、ここ」だけで良いのだ。

 

その後は歩きながら主に脚を意識する歩行瞑想。手動瞑想は観察のためのツールが手だったが、今度は脚だ。こちらもやはり脚の動きをじっくりと味わい、「今、ここ」に浸る。

 

最後は質疑応答とプラユキ師との交流会。目からうろこの連続。

 

何のために瞑想をするのか、と聞かれると答えに窮していた私だが、プラユキ師曰く、本番で取り乱さないための訓練だということだ。

 

本番とは、激烈な感情に襲われた時のこと。怒りや悲しみ、憎しみ、嫉妬などなどを感じた時のことだが、常に自分自身を見つめて、自分の感情を意識するという練習をしていないとそれらの感情の奴隷となってしまう。

 

例えば、連絡もなくデートに遅れてきた恋人に怒りを感じて、感情をストレートにぶつけ過ぎてしまったとしたら、「なんで連絡もせずにこんなに遅れてくるのっ!!」とか言って。

自分が怒りを感じているということにはたいていすぐに気付くだろうが、怒りの前段階にはなかなか気付かない。

 

怒りが生まれる少し前には、実は自分の勝手な願い(もしくは思い込み)があるのだ。

遅れるなら連絡してほしい、遅れるなら連絡するのが当然だ、もしくはもっと早く来てほしかった、会いたかった…という気持ちだ。

 

その願いが叶えられなかったから、自分は悲しかった、もしくは切なかったのだ。この気持ちをまず自分で受け止めてやらなければならない。それができたら、少しは冷静になり、怒号を浴びせることはないだろう。怒りは新たな怒りを呼び込む可能性も大きいが、それを避けることもできるだろう。そして切なかった方の気持ちを相手に伝えることができれば、人間関係もよりスムーズに温かみのあるものになっていくだろう。

 

 気付くか気付かないかによって人生は全く違ったものになってくる。

 改めて仏教の智慧の深さに感動した1日だった。

 

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